
れいしょうのCREATIVE-GYM
CREATIVE… 直訳すると、創造。
GYM… 直訳すると、体育館、鍛える場所。
すなわち、創造の体育館、創造力を鍛える場所及び空間。
作品の媒体は絵であったり動画であったり、ジャンルは特に拘らずとにかく自分だけの作品をたくさん作って、世に貢献していきたい…! という人がたくさん集まる時間空間。
CREATIVE-GYMと命名してから、そんな場所でありたいという想いが生まれました。
命名由来に関しましては、デザイン事務所の“事務”をスポーツジムと掛け合わせてデザインジム(DESIGN-GYM)という言い方をしていたことがきっかけです。しかし、どうせGYMという名前を入れるなら、「デザインのみに拘らずクリエイティブな分野全般にまで視野を拡げても面白いな」と思うようになりました。そうしてCREATIVE-GYMと名乗るようになりました。すると私自身B'zのファンでもあり、B'zが開催するLIVEの名前が“LIVE-GYM”であることも相まって、「LIVE-GYMとCREATIVE-GYM、語呂がいいな」となりました。
創造したい社会像
「クリエイティブは特別な人だけのもの」──そんな思い込みを、根本から壊したい。
私が目指すのは、クリエイティブによって“やりたいこと”をやれる世の中を作ることです。
それは特別な人だけが持つ才能や資格ではなく、誰にでも開かれていていいはずのもの。
それなのに、今もなお「そんな道は一部の選ばれた人しか行けない」という空気が世の中には残っています。
その風潮がかつての私を苦しめました。
子どものころは漫画やゲーム・イラストが好きで、ゲームを作ったり漫画家になったりする未来を本気で思い描いていました。
しかし周囲の大人たちは、その夢を「非現実的」と一蹴し、塾では「ゲームを作りたい」と言っただけで叱られました。
やがて「やりたいこと=恥ずかしいこと」という感覚が刷り込まれていきました。
そうして選んだのは理系の大学。
でも、そこは本当の意味で“自分”を置き去りにする場所でした。
厳しすぎる環境に心が追い込まれ、気づけば留年確定。
それでも「我慢こそ美徳」という教育のなかで育った私は、辞めるという決断すらなかなかできませんでした。
ようやく中退を決め、美大を目指す浪人生活に入りましたが、そこでも自己肯定感の低さに苦しみました。
それでもなんとか合格し、美大に進学してようやく気づきました。
「クリエイティブって、別に特別な人だけのものじゃない」と。
美大にいたのは天才ではなく、ただ「好き」を原動力にしている普通の人たちでした。
教授は親身に話を聞いてくれるし、授業は面白く、カリキュラムも自由。
前の大学とのあまりの差に、感動すら覚えました。
私は、「クリエイティブは鍛えられる」と信じています。
筋トレにジムがあるように、創造力を鍛える場=CREATIVE-GYMがあってもいい。
自分のやりたいことに正直でいられる場所。
創ることを誇っていいと思える時間。
そして、かつての私のように夢と現実のはざまで苦しんでいる人たちが、自分の人生を再起動できる空間。
それこそが、CREATIVE-GYMの存在意義です。
世の中には、皆が自立してしまうと困る人たちもいるでしょう。
でも私は、「ただのエゴかもしれない」とわかっていながら、それでも言い続けます。
やりたいことを、やっていい。
そしてそれを、クリエイティブで叶えていい。
そんな世界を、私は創造していきます。











